2007年10月04日

名古屋コーチンお前もか!−またもや偽装表示−

という題をつけたものの、何やらこういうセンセーショナルな題をつけること自体がむなしいな。

名古屋コーチンに関する偽装はずいぶん前から指摘されていることだから、やはり出たかという感じだ。名古屋コーチン












魚沼産コシヒカリとか松坂牛、鹿児島黒豚とかではだいぶおなじみの構造だ。最近で言えば「ミートホープ」問題とも、実質はほぼ同等の内容だ。

しかしミートホープの場合は「クズ肉」とか、「賞味期限切れの原料」とか、それこそセンセーショナルな表現が飛び交ったから「えええええーーー!!!」という感じだったが、名古屋コーチンといいながら他の鶏肉を混ぜていたという今回のことも問題の本質はさほどかわるわけではない。

つまり前にも書いたが「ミートホープ的事件」は他にも十分ありうるということなのだ。

何故か?

これも過去何回もこのブログで書いてきたが、改めて視点を変えて言うと

例えば、最近は「地産地消」とか「地場」とか地域の特産品や地域ブランドの注目度があがり、いわゆるNBというナショナルブランドよりPBといわれるプライベートブランドやパーソナルブランドへの関心が高まり、付加価値をつけて売られることが多くなってきた。

地域の特産品というのは、ナショナルブランドのように大量生産ではなく、ある程度希少だから魅力がある。しかも手間隙かけ、原料もその地域の吟味されたものということで味わい深さもある。さらにそこでしか買えないというのも購買意欲につながる。

ところが何らかの切っ掛けで、その地域ブランドの商品が売れるとなるとどの小売店もスーパーでも当然売りたいと思う。

それはそれでいい事なのだが、原料は限られているから、その要望に全部応えようとすれば、いわゆるフードチェーンといわれる生産段階、加工段階、卸段階、小売段階を通して何らかの増量行為や生産方法の変更(大量生産型)が行われるようになる。そこに大きな利益があればなおさらだ。

その結果、原料生産以上の商品がマーケットに並ぶということになる。

基本的解決策はモラルとしての問題ではなく、品質管理という面から上記フードチェーンにある業者が相互にチェックしていく仕組みをつくり、維持していくことに尽きる。それでも人間がやることだから「ミス」は起こるのだが、「意図的偽装」とは明らかに違うのだ。

最近は地方を訪ねれば「道の駅」とか「直売所」とか、いわばその地域地域の特産品や農産物を売る施設がとても増えている。まさに「地産地消」や「地場生産」を実現しようと国や市町村の補助を前提に企画されたものだ。

ぼくの場合は、仕事柄、必ずといっていいほど生産者の名前が入った野菜は買ってくるのだが、加工品などは表示をよく見る。すると原料などは驚くほど輸入が多かったり、どこでも売ってるものもある。

店の経営を成り立たせるということでいえばいたしかたないとも言えるのだが、それ以前の経営姿勢を感じるところも少なくない。

「地域ブランド」というのは原料生産から加工、販売まで、地域に徹してこそのブランドであり、それでこそ価値のあるものということが当たり前になってほしいものだ。

名古屋コーチンもいわば名古屋種といわれる「地鶏」であり「銘柄鶏」だ。おのずと生産量には限界がある。

ぼくは随分前から「生産量に見合った販売システムづくりが重要だ」といい続けてきた。

素材、作り方、伝統、味、何より適正な生産規模など食べ物の本質を維持するにはとても大切なことだ。

記憶では30数年前から「販売量にあわせた生産システム」という考え方がマーケットを支配するようになった。だから一度販売が始まれば、売り場で「欠品」は許されないということになった。改めて「地域ブランド」が注目される中、多くの歪を生み出す可能性がある。


food_trust at 14:07 │Comments(0)TrackBack(0)clip!コラム  | 食の安全・安心

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